【この記事について】
この文章は、2026年8月5日にnoteで公開した記事を、海外からこのブログを訪れてくださる方にも読んでいただけるよう、表記など一部を整えて転載するものです。小恰好商店は、日本の暮らしの道具や食品を、台湾を中心とした海外へ届けている小さなオンライン商店です。このページは、サイトの言語切替で繁體中文・简体中文・Englishでもお読みいただけます。商品を紹介するための記事ではありません。masa個人の記録です。
最近、意識していることがあります。
一日の中に、何もしない時間を少しだけ残すことです。
仕事の手を止める。
お茶を飲む。
窓の外を眺める。
すぐに答えを出そうとせず、ぼんやり考える。
以前の私は、そんな時間があると、もっと何かをしなければいけないような気がしていました。
止まっている時間は、もったいない。
少しでも仕事を進めた方がいい。そう考えていたのだと思います。
でも今は、その時間がまったくないことの方が怖いと感じています。
会社を経営していると、「固定費」という言葉をよく使います。
売上があってもなくても、毎月必ず出ていくお金です。
家賃、システム代、会計費用。
固定費が重ければ、毎月それだけの金額を稼がなければ、会社を続けられません。
以前は、固定費を下げるのは、利益を増やすためだと思っていました
もちろん、それも間違いではありません。ただ今は、もっと大切な意味があると思っています。
固定費が軽ければ、売上が少し下がっても、すぐに結論を急がなくて済みます。
これから何をするのか。
何をやめるのか。
どこを直すのか。
考えて、試して、間違えたら戻ることができます。
人生も会社も、失敗そのものが悪いわけではありません。
やってみて、うまくいかなかったと知る。
そこから何かを学び、形を変えて、もう一度試してみる。
むしろ、その繰り返しでしか前へ進めないこともあります。
本当に怖いのは、失敗することではありません。
一度の失敗で、お金も時間も気力も使い切り、次の挑戦ができなくなることです。
だから、固定費を軽くしておく。失敗を避けるためではありません。
失敗しても、もう一度考えられるように。そこで得たものを持って、もう一度試せるように。自分と会社に、次の一手を残しておくためです。
つまり、固定費が決めているのは、利益だけではありません。
会社が生き残れる時間です。
そして、生き残れる時間が長いということは、それだけ考え直せるということでもあります。
今振り返ると、mikoと二人でつくってきた会社は、結果として、私にその時間を残してくれていました。私たちは、何でも自分たちで抱え込んできたわけではありません。
発送や会計など、外に任せられることは任せる。
その一方で、何を売るのか、何を守るのかは、自分たちで考える。
会社を必要以上に大きくせず、身軽な形を選んできました。
あの頃、ここまで言葉にしていたわけではありません。
けれど、一人になった今、その形に助けられています。
そして最近、この考えは会社だけの話ではないような気がしています。
人生にも、固定費があります。
高すぎる住居費。
毎月のローン。
なんとなく続けている契約。
抱えすぎた物。
断れない予定。
誰かによく見られるための暮らし。
「こうあるべきだ」という思い込み。
お金だけではありません。
時間や気持ちからも、毎日のように少しずつ引き落とされていくものがあります。それらが増えすぎると、人は身動きが取れなくなります。
仕事を変えたいけれど、変えられない。
少し休みたいけれど、休めない。
新しいことを始めたいけれど、失敗する余地がない。
気づけば、自分が何を大切にしたかったのかを考える時間まで失ってしまいます。だから、ときどき人生の固定費も棚卸しした方がいいのだと思います。
本当に必要な支出なのか。
惰性で続けている予定ではないか。
誰かによく見られるためだけに、抱えているものはないか。
棚卸しをするのは、何でも削るためではありません。自分にとって大切なものを残し、身動きできる余地と、考える余白を取り戻すためです。
だから最近は、くつろぐ時間を大切にしているのです。
何もしないためではありません。未来を考えるためです。
静かな時間の中で、
「これでいいのか」
「本当に大切なのは何だろう」
「次は、何を変えてみようか」
そんな問いを、自分に投げかけます。
答えが出ない日もあります。
何も決まらない日もあります。
それでも、その時間は無駄ではありません。
忙しさに流されていた自分を、いったん立ち止まらせる。うまくいかなかったことから、何を持ち帰るのかを考える。そして、自分の人生のハンドルを、もう一度握り直す。
くつろぐ時間には、そんな役割があるんじゃないでしょうか。
60歳を過ぎてから何かを始めるとき、一度の勝負にすべてを賭けるよりも、小さく試し、学び、直し、また進める形を持つ方が大切だと、私は思っています。
生き残る能力とは、ただ守り続ける能力だけではなく。
次の挑戦を残す能力もあるのではないかと。
失敗しないために身軽になるのではなく。
失敗しても、また挑戦できるように身軽でいる。
その土台になるのが、余白なのかもしれません。
もし今日、10分だけでもくつろぐ時間が持てたなら、それは何もしなかった10分ではありません。
明日の自分が、もう一度考え、次へ動き出すために。
未来を整えていた10分なのかもしれません。
もうひとつ、よろしければ。
段ボールも送り状も、団地の一室にはありませんでした。
では、小さな店は、どこで動いていたのか。
→ 段ボールと、送り状と、「手伝いに行こうか?」私が「全然、大丈夫」と即答できた理由(このブログ内の記事)
また次の記事で、お会いできたらうれしいです。
小恰好商店
副店長masa
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→ 日本人夫婦のnoteを見る(日本語)


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