小恰好商店の誕生秘話 – 台湾での海外起業経営者からYouTuberとなり、そして今、家賃5万台の団地へ。50代日本人夫婦の「持たない幸せ」と越境ECサイトへの挑戦。

小恰好商店の誕生秘話 – 台湾での海外起業経営者からYouTuberとなり、そして今、家賃5万台の団地へ。50代日本人夫婦の「持たない幸せ」と越境ECサイトへの挑戦。 店主のコラム・台湾生活

【2025年12月23日 追記】 この記事は2024年1月に公開したものですが、最近日本からの読者様が増えてきたため、内容を大幅に加筆・修正しました。 私たちが台湾から帰国し、団地暮らしを決めた理由や、越境ECサイトを始めたきっかけなど……私たちの「原点」となるストーリーです。自己紹介も兼ねておりますので、ぜひ最後までご覧ください。

新年あけましておめでとうございます。 今年の春節は日本で普通の日を過ごしております。皆様お変わりございませんでしょうか? 

ところで、ご報告が遅くなりましたが、2日前の動画で私たち夫婦の再出発についてアップさせていただきました。 

実は私たち日本人夫婦は、日本に帰国後、夫婦で会社を立ち上げ、ECサイトの準備をずっとしておりました。 なにせ50代の素人夫婦だけで運営しておりますので、至らぬ点もまだまだありますが、末長く見守っていただけたら嬉しいです。 

今現在も次から次へと出てくる問題を、なんとか1つづつ夫婦で解決していき、今は少し落ち着いてきたところです。 


なぜ今、ECサイトだったのか? 実体験から生まれた「小恰好商店」

私たちが始めた小恰好商店のECサイトの画面。
▲ 夫婦二人でなんとか開けたECサイト。わからないことだらけで毎日悪戦苦闘していますが、日々充実しています。

どうしてこのようなサイトを作ったかといいますと、全ては私の実体験が元となっております。

台北に住んでいた頃(他の地域の方には贅沢だ!と怒られそうですが)、なんでも日本のものが手に入るものの、実際のところとっても高い値段で売ってる割には、そのモノ自体はあまり品質の良いものではない、というのが私の不満でした。

そこで、日本に一時帰国した際は、スーツケースをパンパンにして、塩やら味噌やら醤油やら、日本人として生きるのに絶対必要な物資を、まとめ買いして帰ってきていました。

しかし、コロナ禍で往来が難しくなり、仕方なく越境ECを使ってみたところ、とてもスムーズに荷物が届くので、やめられなくなりました(笑)。

しかも、購入したものを動画内で使用すると、「それはどこで買えるんだ?教えてください!」というコメントがひっきりなしで…。 だったら「私たちが独断と偏見でいいと思ったものだけをセレクトしたECサイトを作ったらいいじゃん!」というのが始まりでした。

病気が教えてくれた「本物」の価値

ちなみに、私がその頃から「スーツケースの重量オーバーになっても持ち帰りたかった」のが、日本の本物の調味料や乾物、そして化学物質を使わない日用品などです。これらは海外ではなかなか手に入らない、日本のお宝ばかり。

実は私、台湾での激務の中で大きな病気を経験しました。 その時、「日本人にとっての食事とは何か?」を深く考えさせられ、和食の素晴らしさに目覚めたのです。

食の大切さを知ってからは、今まで以上に調味料や日用品の化学物質に気をつけて暮らすようになりました。その結果、薬がなくても常に健康でいられる体を取り戻すことができたと思っています。 今、お店に並べているのは、そんな私の体を救ってくれた、きらりと光る自信を持った商品ばかりです。

[私たちが厳選した「日本のいいもの」を揃えた小恰好商店のサイトはこちら] 


店舗経営からYouTuber、そして家賃5万台の団地へ。「持たない」ことで見つけた幸せ

さて、こうやって夫婦でサイトを開けてから、実は気づいたことがあるんです。

私はずっと台北や高雄などで4店舗の美容系サロンを経営していたわけですが、今思えば「店舗経営って、なんて非効率なんだろう!」ということです。

華やかに見えて、実はボロボロだった経営者時代

当時は必死でした。 営業時間は決まっているし、人を雇わないとお店が回らない。でも、人を雇うとしょっちゅうヒューマンエラーが起こるし、相性が合わない従業員同士をまとめないといけない。

しかも海外です。自分の固定概念は一切通用しません。 そもそも民族が違うので、受けた教育から、家族の繋がり方、ものの考え方、法律まで…何もかもが日本とは違うのです。

お店も台湾南部の高雄のデパートに出店していたのですが、これが本当に大変でした。 年中無休で営業時間も長く、割り当てられたスペースも狭い。練習できるようなバックヤードもなく、そこで技術者という「プロ」を育成し、配置するのは至難の業でした。 それなのに「あの子が気に入らない」とか何とかで、すぐに辞めてしまう…。

当時は毎週、一人で台北から高雄に出張で往復していました。(ちなみに、台北人と高雄人でも全然価値観が違うんですよ!笑) 台北の3店舗も見回りながら、技術指導、店舗運営指示、顧客のクレーム対応、人事問題…。さらには店舗以外の商材販売、スクール運営、輸出入代行業まで。

今思えば、常に張り詰めた緊張感の中で、何から何までたった一人で抱え込んでいました。

逃げ場のない「固定費」と「責任」の恐怖

メインの事業である店舗経営で売り上げをさらに上げようとしたら、店を大きくしたり、人員も増やさないといけません。そうすると、問題が指数関数的に増えていくのです。

人の問題だけではありません。店舗家賃や光熱費など「固定費」も相当かかります。 そして、コロナ禍などが起これば一気に集客が細り、売り上げがガタ落ちになる。なのに、それらの支払いは待ってくれず、ずっと続くのです…。

想像してみてください。 私は外資企業としての登録だったため、コロナ禍でも政府からの補償は一切ありませんでした。むしろ外資の規制でがんじがらめです。 夫婦とも日本人で、台湾人の家族や保証人もいないため、銀行からの借り入れもできない。 売り上げが底をついた時も、全部「個人の預貯金」を取り崩して、従業員の給料や家賃を延滞なく払い続けました。

本当に、本当にきつかったです。


重い責任と病気、そして「閉店」の決断

ヘトヘトに疲れていた私は、この頃「もう背伸びしない!」と心に決めました。 そして必ずどこかで「老闆(ラオバン=オーナー)」という自分に不釣り合いな肩書きを外して、自分の好きなことだけをして生きていく道を見つけようと模索し始めました。

ちょうどその頃、趣味で始めたYouTubeチャンネルが現地の方々に観られ始め、活動を本格化していった時期でもありました。 しかし、長年の会社経営の精神的なストレスに加え、夫のお店の人手不足解消のためにランチとディナー営業の手伝いも重なり、とうとう体が悲鳴を上げました。

10軒以上の病院をまわり、判明したのは自己免疫疾患の「掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)」でした。 美容サロンを経営し、自分もVIPのお客様を施術していたので、手足がボロボロになっていく病気は、「仕事ができなくなる」という恐怖もあり、本当に苦しかった。

この頃から、私は病気になった原因を探し始め、食の大切さや生活習慣を見直すことで、薬を使わずに自力で病気を完治させることを決心したのです。

プツンと切れた糸。そして起きた「ロックダウン」の奇跡

しかし、病気はなかなか治りません。 そんな時、ある原告で争っていた裁判が「棄却」となり、私の中で唯一繋がっていた一つの糸が、プツンと音を立てて切れました。 目を腫らして、何度も何度も泣きました。

これがきっかけで、全店舗一気に閉店し、会社ごと畳む決断をしました。 10年かけて築いた信用と、積み上がった常連のお客様を手放す決意をするのは、生半可なことではありませんでした。

しかし、半年かけて閉業の手続きをしていく中で、信じられないことが起きました。 とうとう会社を閉めた、その告知日の「翌日」。 なんと、台北市がロックダウンしたのです。

この時、私は寂しさよりも「安堵」の方が大きかったことを今でも忘れません。 もし閉業が1日でも遅かったら、半年かけて手続きをしてきた閉業プロセスは法律により一旦中断され、たぶんずっとその後も残った従業員と店舗を抱えたまま、倒産していくところでした。

(※この頃の気持ちは、上の動画にまとめていますので、ぜひご覧ください。)

また、ほとんどの子達が閉業手続きの間に解雇金を受け取り、再就職や独立を決断していたため、もし閉業手続きもせずにずるずると営業を続けたままロックダウンしていたら、私と一緒に従業員全員、共倒れしているところでした。

その後、街全体がロックダウンしていく中で、夫のお店もなんとか隣の店主さんが居抜きで引き取ってくれたおかげで、無事に手放すことができました。 身軽になったことがきっかけで、YouTuberーNihonjinfufu「日本人夫婦の台湾生活」としての活動を本格化していくことになったのです。

愛猫マコと、YouTubeの銀の盾。仲良く並んで一緒に撮影。
▲ 会社を閉業した月に、フォロワー10万人となり銀の盾をいただきました。ずっと台湾の皆さんに支えていただき、なんとか家族2人と1匹で台湾生活を続けてこれました。

愛猫との別れ、そして日本へ

そして、私たち夫婦は大きな転機を迎えます。 2023年2月13日、長年連れ添った愛猫・マコの死をきっかけに、2023年5月、とうとう日本に本帰国しました。

関連記事ーマコの死。

スーツもパンプスもいらない。団地で見つけた「本当の豊かさ」

日本に帰国し、今の生活はガラリと変わりました。 台湾時代の経験から、「結局、人は何に縛られているのか?」と自問自答したんです。

その答えは、「見栄」「世間体」でした。 「こうあるべき」という価値観や、「人並み以上の暮らしをしたい」という理想が、いつの間にか自分たちをがんじがらめにしていたのです。

持つものが大きくなればなるほど、それを維持するための「固定費」がかかり、心も体も重くなる。そのことを痛いほど実感しました。

そこで私たちは、夫婦でとことん身軽になることを選びました。 ストレスのない生活をして、好きなことだけを仕事にする! そのためには、組織にも場所にも縛られず、人も雇わず、ローンも抱えない。 自分たちの手の届く範囲で、全力投球するスタイルに変えました。

「もう誰とも比べない。自分たちが心地よいように生きる!」

そう決めて選んだのが、この固定費の安い「団地暮らし」だったのです。

誰にも何にも縛られない。これが私の生きる道。

現在は夫を代表にして自分たちで合同会社を設立し、仕事の住所はバーチャルオフィスを借りています。 こうすることで通勤する必要もなくなるので、お昼ごはんも家で栄養のある手料理を毎日食べることができます。

しかも、東京など家賃の高い場所に住む必要もありません。 家賃5万円台のトカイナカ(都会と田舎の中間)の団地の一室さえあれば、生活も仕事も十分に両立できるのです。

通信環境とパソコン、スマホさえあれば、旅先でもカフェでも仕事が出来てしまう時代。 スーツもパンプスも、ばっちり決めたお化粧もいりません。 雨の日も雪の日も、寝ている真夜中でさえも、地球の裏側からお客様にご来場していただける。 倉庫も発送業務もプロに外注しているので、人を雇わなくても夫婦2人だけでやっていける。

「もう店舗経営には戻れない」 これが、今の私の偽らざる本音です。


ファンとの交流から、新たな挑戦へ

今まで動画のファンの方々に、私たちの等身大の生活をご覧いただいてきました。 その中で、直接私たちが気に入った商品をご紹介することはできても、販売する方法はありませんでした。

実は台湾に住んでいた頃、会社を閉業した後も、私たちはとても家賃の高い住宅に住み続けていました。 その高い固定費を払うために、「自分の本意ではない仕事(本当はやりたくない案件)」を受けざるを得ない経験もたくさんしました。 生きるためには、稼がないといけませんでしたから。

しかし、見栄さえ捨ててしまえば、自分がやりたくない仕事は断ることができる。 そう、「自分らしく生きられる」と気づいたのです。

団地暮らしを選び、生活のコストを下げることで、私はその「高コストの呪縛」から解き放たれました。 見栄を張らずに、等身大で生きていく自由を手に入れたのです。

引っ越したばかりの頃の団地の部屋。DIYで頑張って部屋を仕上げていた頃。
▲ 本帰国後すぐ、団地に引っ越した頃。床を張ったり棚をつけたりと夫婦で慣れないDIYに本気で取り組みました。この時頑張ったおかげで愛着のある心地よい住まいが出来上がりました。

嘘のない「本物」だけを届けたい

自分が自由だからこそ、これからは絶対に嘘のない商売がしたい。 私が本気でセレクトした商品だけを、忌憚なくファンの皆さんに紹介したいのです。

そして、お客様となっていただくことで、細く、長く、深いお付き合いができたら…。 私たちが愛する素晴らしい日本の商品を通して、日本のことも好きになっていただければ、これほどうれしいことはありません。

海外という「外の世界」を知ったからこそわかる、日本の素晴らしいモノ、人、そして魂。 まだまだ知られていない日本の宝物を世界に発信するというポリシーを基に、「健康第一」をモットーに、これからも皆さんと交流していきたいと思っています。

これから、日本が大好きな人たちと、私の理念に少しでも共感していただける方に愛されるサイトに成長させていけたら幸せです。


【まとめ】無駄なことなんて、何ひとつなかった。

多くのものを手放しました。 肩書きも、店舗も、見栄も。 でも、その代わりに手に入れたのは、「自分の人生を自分でコントロールできる自由」と、心穏やかな時間でした。

台湾に移り住み、海外起業を経験して、人で悩み、病気をして、コロナ禍を経験して、YouTuberになり、今がある。

遠回りに見えたかもしれません。 でも、何一つ無駄な経験なんてなかったと、今、心からそう言えます。

そして、これからも、いくつになっても、死ぬまでチャレンジし続けます!

小恰好商店をどうぞ末長くよろしくお願いします。

小恰好商店 nihonjinfufu miko拝


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